小説 【健康第一】
「薬、飲むの辞めたから」
妻が突然そう言い出した。
何を云えば良いのかわからない私は、只々呆然としていた。
薄暗い部屋の中では時計の針だけが静かに時を刻んでいる。
「飲むの、辞めたから」
妻はもう一度そう言うとゆっくりとタバコの煙を燻らせた。
「なんで?」
「体に悪いから。肝機能を低下させるんだって。」
何の薬かを自分で言わないのは妻のプライドがそうさせるのだろう。
妻は抗うつ薬を飲んでいる。一時期嵐のように荒れていた妻の精神を安定させるのに一役買ったのがこの薬だ。
このおかげで私達の暮らしは少し楽になったかに思えた。
妻が体に悪いからと言って薬を飲むのを辞めると言ってきたものを断われる人物は存在するのだろうか?
言葉を発した後の妻の顔には確固たる決意が滲み出ており、神話の神々でさえ恐れさせるようにも思えた。
「わかった」
私は命じられていた子供がこぼしたソースのシミ取りの手を止める事なく、ごく自然な態度でこう言った。
あゝまた、薬を飲み始める前のあのひどい状態に戻るのか…
「何?なんか不満そうな言い方じゃない?何でわざわざ体に良くないってわかってるもんを私が飲まなきゃいけねーんだよ!」
タバコをくわえ、スッパ〜〜と煙を吹き出しながら嫁はそう喚き散らす。
不調和というのはこういう物なのか…
まるで不調和そのものが体現された様な空気が辺りに立ち込める。
心なしか私の可愛がっている熱帯魚も動きを止め、静かに話のいく末を見守っている。
「いや、不満はないよ。体に悪いなら辞めてもいいんじゃない?」
「だから、辞めたっつってんだよ!別にいいんじゃない?じゃねーよ‼︎私が今までどんな思いで体に悪いってわかってる薬飲んでたと思ってんだよ!」
そう言うと妻は更に大きな息でタバコを吸う。
額にシワを寄せ、怒りと憎しみと煙を同時に吐き出す。
床に溢れた子供のジュースを拭いている私はまるで妻の前に土下座をしているかのようだ。
いや、現に土下座していたのかもしれない。
何か気の利いた事を言わなければこの場は収まらない。しかしこんな時ほど気の利いた言葉は出てこないものだ。
「体に悪いなら無理して飲む必要ないと思うよ。体に悪いのに無理して飲んでもらっててごめん」
バッターーッン‼︎
妻がいつも以上に大きな音を立ててドアを閉めて部屋を後にする。
テーブルの上にあった子供が書いた私の顔の絵は楽しそうに笑いながらひらひらと床に落ち、部屋には笑顔というものはいっさい残らなくなった。
「なんで怒られたんだろう…」
体に悪いものをおもいきり吸い込みながら健康を説く妻…
止めても同意しても怒る妻…
「正解は存在するのかなぁ〜?」
私は疲れ果てた顔でこう喋りかけ、いつもの胃薬をなれた手つきで口に入れる。
水槽で泳ぐ友人達は何事もなかったのように泳いでいる。
あとがき
小説の知識も一切なく、なんとなく小説っぽく書きました。
ガチの指摘は受け付けません。
要は、タバコ吸いながら健康がどうとか言ってんじゃねーよ!って話です。
臓器差別は良くありません😡
ちなみに薬を辞めた後、大きな変化はありませんでした。
何故なら薬にある程度慣れてきた時点から、嫁は昔の暴君に戻っていたからです。